考える事の大切さ

「考えて行動しろ」

大学の研究室所属時代に、教授から耳にタコができる位仕込まれた言葉だ。

考えて行動する事を許さない、言われた事しか許さない先生が目立つ中、この教授は人間として尊敬できる物を数多く備えている。
社会人として、大人として必要な事を、この教授からたっぷり教えてもらった。

野球とサッカーはよく比較される。

野球にも選手が考えて行動する余地はある。
走者を背負ってマウンドに立つ投手が、いきなり捕手に球を投げずに牽制球を挟む事はある。
捕手には相手チームの走者の癖をインプットして、考えて投手にサインを送る。

そうは言っても投手は最終的には捕手に球を投げないとプレーが始まらないし、その球を他の野手が投げる訳にもいかない。
捕手にしても、走者がいないのに「サードに球を投げろ」と投手にサインを出すわけにいかない。

野球をdisるわけではないが、野球はサッカーよりプレーの選択肢が狭い。

サッカーでは、セットプレーは誰が蹴っても良い。
野球のようにいつも同じ選手が蹴らなくていい。

味方から受け取ったパスをいつも同じ方向に運ぶわけではない。
状況によっては、敵のゴール方向にパスすると叱責の対象にすらなる場合もある。

サッカーは判断力のスポーツであり、考えるスポーツだ。

社会人になり大企業に就職したら、上司に言われた事だけをしなければいけない場合も多々あるだろう。
そこで自分で考えて上司の意図しない仕事をしてしまえば、下手すれば出世に響く事もある。

順調にいっている時のサラリーマンの働き方は野球的だ。

それが順調にいっている間は、それでも良いだろう。

ところがその会社に居づらくなった時、考えることが求められる。
自分が考えて転職活動なり個人で事業を始めるなりしなければ、貯金は底をつく。

逆境にある時の社会人の働き方はサッカー的だ。

バブルの頃と違い、会社の寿命がどんどん短くなっている。
これからは逆境に立つ社会人が増える。
メディアが好んで採り上げる野球のような働き方ではなく、サッカー的な働き方が求められる。

これからの時代、自分で状況判断出来ず、自分で考えられず、自分で判断できない者は行き詰まる。

考えることは大切だ。



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