愛すべきファンタジスタ志村けん

国民的コメディアンの志村けんが3月29日にコロナウイルスによる肺炎で急逝した事が、翌日の午前中に発表された。

その日は日本中が喪に服した雰囲気だった。
彼は日本中の誰にとっても「陽気なおじさん」だった。
彼を嫌う者は少ないだろう。

俺も志村の芸が大好きだった。

子供の頃「8時だヨ!全員集合」を欠かさず観た。
「全員集合」が終了した後の「ドリフ大爆笑」も俺の大好きな番組だった。
あの頃の地上波のテレビ番組には勢いがあった。

東村山音頭
ジャンケン決闘
ヒゲダンス
バカ殿
変なおじさん
アイーン
ひとみ婆さん

書いていったらキリがないほど持ちネタが多かった。

特に彼自身が作詞作曲を担当した「東村山1丁目音頭」の「イッチョメ、イッチョメ、ワーオッ!」の単純かつパワフルな歌は柏レイソルのサポーターとFC東京のサポーターにチャントの原曲として使われ、それぞれドゥンビアとワンチョペのチャントになった。
志村はサッカー界にも影響を与えていた。

志村のコントの中では、特に加藤茶との掛け合いが大好きだった。
絶妙な間合いとリズム感で、何百回俺は腹筋をよじらせて笑い転げたか。
加藤は天才で、志村は鬼才だった。

「日本人で彼を知らない者がいたらモグリ」と思えるほど、日本人への知名度が高かった。
「天才!志村どうぶつ園」が台湾でも放映されていた事もあり、微博には「日本喜劇王」の死を悼むコメントが相次いだ。
「言葉が分からなくても笑える」と、外国人にも人気があった。

子供でも外国人でも分かる笑いが彼の十八番だった。
志村は紛れもなくドリフターズのファンタジスタだった。

コロナウイルスが蔓延し、いろんな娯楽が自粛に追い込まれ、世の中が不安に包まれている。
そんな今の時代に一番必要な人だったのに。

志村は亡くなる数年前以降こそ話は別だが、それ以前の彼はヘビースモーカーだった。
長年にわたる喫煙で傷んだ肺の細胞は、数年間タバコをやめたからといって簡単に元に戻ったりはしない。
健康な生活を続けたければ、タバコにのめり込んではいけない。

欲を言えば、志村にはもう少しだけ健康に気を遣ってほしかった。
彼の後ろにはコントの復活を望むファンが大勢いる。
そういうことを、今ごろ天国でドリフターズのキャプテンいかりや長介に説教されているだろう。

満足に呼吸する事さえ許さない笑い。
腕と首の単純な動きで笑わせる類稀な技術の高さ。

ああいうのを生み出せる才能溢れたコメディアンは、もう2度と出て来ないだろう。

R.I.P.

Rest in peace.

安らかに眠れ?

事ある度にいかりやに怒られた。
彼の芸はPTAには嫌われがちだった。
そんな志村はどう見ても「安らかに」眠るキャラじゃない。

笑いあふれた和やかな雰囲気を誰よりも好むのが、志村だ。

愛すべきファンタジスタ志村けん。
そんな彼には楽園がふさわしい。

楽園で眠れ。

Rest in paradise.

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