指導者になるために必要なこと

今日は本来なら別の事を書くつもりだったが、急遽この記事を書くことにする。

プロ野球で大活躍した野村克也の訃報が入った。

風呂場で倒れ虚血性心不全で死亡。
享年84歳だった。

彼の晩年は孤独だったという。

理由はただ単に妻に先立たれたからに過ぎない。
陰性の性格だったので、寂しさが増幅していたのだろう。

それ以外の人生の部分では、成功者そのものだった。
沙知代夫人とも幸せな時を過ごしていた。

彼が優秀な指導者であることに、異論を挟む人は少ないだろう。

野球界は根性論に傾きがちだ。
そんな中でデータを活かし、理詰めで野球を語れる数少ない人だった。

心に残る言葉を非常に多く持つ。

監督時代には髪や髭を規制したりなど、納得できない部分もない訳ではない。
だが大筋大枠において、彼の言葉や行動には納得できるものばかりだ。

彼の影響力は野球界を超えていた。

本屋のスポーツコーナーで一番本棚に並んでいるのが、彼の本だ。

人々が紙の本ではなく、電子書籍などを読むようになってきている。
だから出版業界は窮地に立たされている。
そんな中、彼の本に関してはニーズがある。

あれだけ発信していたのに、彼が炎上した試しがない。
妻が代表的な炎上キャラだっただけに、その部分が際立つ。

多くの人を納得させる言葉が、彼の最大の武器だ。

そんな優秀な指導者に、どうしてなれたのか?

課題に直面したときの現状分析能力や、その解決法の言語化能力が優れていたからだ。

俺は彼の選手時代をリアルタイムではロクに知らない。

どうしても「月見草」のイメージが先行する。

現役時代で戦後初の三冠王を取るほど活躍していた事を彼が亡くなってから知り、驚いた。

そうは言っても、選手として苦悩に満ちた人生を送っていたのは間違いない。

普通の選手なら「成功」と考える。
そんな立場でも、彼はその立場の中にある自分の課題を常に認識していた。

課題を根性論だけで解決する。
そんなのは、彼に関しては考えられない。

先輩からの助言。
観察で積み重ねたデータ。

そこから抽出した言葉を、彼は獲得した。
自分の言葉で勝負できる監督になった。

もし彼が三冠王を取った事で満足したり、満足しなくても様々な困難を気合いと根性だけで乗り切ろうとしたら、監督としてあそこまで大成できなかった。

サッカー界でも困難を精神論だけで乗り切る人は存在する。

選手として幾多の壁を頑張って乗り越えてきた。
これだけを切り取れば、立派な優等生だ。

そんな優等生が監督になり、様々な場面で言葉に窮して周りからの信頼を失う人がいる。

課題のない選手はいない。

課題への取り組み方が、その後の人生を分ける。

ここで「がんばった」だけで終えてしまえば、その課題自体は解決する。

ただしそれでは「がんばればなんとかなる」以外の教訓が得られない。

フォームがおかしいのかもしれない。
味方の選手の動きが見えていないのかもしれない。

そういう様々な要因を見ず、気合いと根性で解決した。

そういう人が指導者になった。
教え子が同じ課題に直面した。

その選手に対し、気合いと根性以外の解決法が手元にない。

もしかしたらフォームのおかしさが大きな要因になっているかもしれない。
プレー中の視線のおかしさが大きな要因になっているかもしれない。

選手時代に考えなかった者は、そういうことに気付けない。

選手はスランプに陥る。
自分の言葉を持たない監督は曖昧な言葉で練習場や記者会見に臨む。
そして監督はまわりからの信頼を失う。

これはアスリートに限らない。
働く者としても人の親としても、同じことが言える。

若い時に脳みそに汗をかかなかった者は、年老いた時に涙を流すことになる。

考えることの重要性を解き続けたのは、非常に大きな功績だ。

あの世で夫人と野球を観ながら幸せな日々を送るように願う。

合掌。

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