コンセプトが明確な者の強みとは

本人は絶対このブログを見ないだろうから書く。

今シーズン限りの退団を表明していた浦和レッズの森脇良太の京都サンガF.C.への加入が決まった。

DFでありながらドラマチックなゴールが多い。
それでいて「森脇芸」に代表される独特な立ち位置。

ああいう選手はもう二度と出てこないだろう。
だからこそ森脇はレッズサポーターから深く愛されてきた。

さて、話は飛ぶ。

コンセプトは必要か?
コンセプトはなくても良い物なのか?

「必要か?」「必要じゃないか?」と訊かれれば、コンセプトは有る方がいい。

特に節目のタイミングでは、コンセプトの有無が重要な事柄の成否を分ける事もある。

レッズの最終節、12月7日にレッズの社長の立花洋一と森脇は埼玉スタジアム2002でスピーチした。

「浦和レッズのサッカー、コンセプトを作り上げ、そのコンセプトを実践し、成長していくのが使命」

立花はこの時点ではクラブのコンセプトが決まっていない事を明言した。

「素晴らしいサッカーというスポーツを楽しんでいきたい」

森脇は自分のコンセプトについて具体的に説明した。

「コンセプト」とは「何を目指しているか」を端的に言語化したもの。

裏を返せば「コンセプト」とは「何をしないか」だ。

監督であれば「どんな選手が要らないか」
選手であれば「どんなプレーをしないか」

指導者もサポーターも、考え方は様々だ。
「楽しさは要らない。勝負事はただ勝てばいい」と考える者もいる。

森脇の「楽しんでいきたい」というコンセプトは、そういう人たちを敵に回しかねない言葉でもある。

浦和レッズには結果を強く求めるサポーター(俺も含めて)が多い。

森脇のひょうきんな言動を批判するサポーターもいただろう。
「楽しさを全て犠牲にしてでも、勝利を追求しなければいけないのか?」と苦悩したのは1度や2度ではないはずだ。
時には彼はレッズサポーターからのブーイングの的にもなった。

森脇は綺麗事で片付けられない現実ときちんと格闘してきた。
だからこそ、彼からは説得力のある具体的なコンセプトが生まれる。

これは受け入れるクラブ側としても判断しやすいだろう。

2020年から京都の監督に就く實好礼忠には、トップチームの監督の経験はない。

当然、新加入選手の人選には気を遣う。
選手に助けられなければ、監督業は続けられない。

現役時代ガンバの左SBだった實好は、DFの視点で戦術を構築するに違いない。
現役時代のポジションに近い右SBの補強は、この新監督にとって最重要事項ではないか?

「コンセプト」が明確な森脇は、實好にとって選びやすい選手だったに違いない。

だからこそ森脇はいち早く転職先が決まった。
これこそが「コンセプト」が明確な者の強みだ。

一方で「コンセプト」がクラブにそぐわないという理由で森脇の獲得を見送ったクラブも有るだろう。
それならそれで「どんなプレーをしないか」が分かっているので、監督は他の仕事に注力できる。

選手の移籍は椅子取りゲーム。
おいしい選手から先に決まる。

スピードが命。
つまり特徴が明確な選手がスカウトにとってありがたい。

これは逆も然り。

どんなサッカーを目指しているかも分からない。
どんなクラブにしようとしているかも分からない。

そんな「コンセプト」のないクラブへの入団を、選手はためらう。

干される可能性が高いからだ。

干されるのを喜ぶ選手はいない。
コンセプトがぼやっとしたクラブに行って、「実は自分のような選手を受け入れる風土のないクラブだった」となるのは非常に困る。

最初からクラブが「どんな選手が必要ないか」を明らかにしていると、選手もそのクラブに移籍するかしないかを判断しやすい(その意味で主力級の選手の移籍先が水面下で決まっているであろう最終節で「コンセプトをこれから決める」事を表明した立花のスピーチは悪手の中の悪手であり、今オフに獲得が成功した選手が現時点でいないのも当然だ)。

もっとも、森脇はプレーと言動でもコンセプトを雄弁に語っている。

確かな個人技術。
屈指のムードメーカー。
ファンサービスを大切にする。

最後まで諦めない強い気持ち。

こういう特徴を持つ選手を世間がほっとく筈がない。
こんな事は本人が絶対に見ないだろうから書けるのだが。

京都のサポーターの皆さん。
やる気、元気、森脇をどうかよろしくお願いします。

※本ブログの広告からの収益金の1%を多発性硬化症や視神経脊髄炎の患者の支援団体であるMSキャビンに寄付いたします。

◆こちらの記事もオススメ
浦和レッズは文化だ(前編)
浦和レッズは文化だ(後編)
日本のプロサッカーリーグのまとめ

Follow me!