サッカーの街と言われ続けるために

記録的な台風の真っ只中、テレビ東京が「アド街ック天国」を放映していた。

その日の番組の特集は、浦和についてだった。

浦和は「サッカーの街」と言われる。

ただ決して「サッカーだけの街」ではない。

浦和はロックが栄えた街でもある。
鰻屋がシノギを削る街でもある。
評判のラーメン屋が有る街でもある。
オサレなレストランを構える街でもある。
美術館のある街でもある。

そうした多種多様な仕事に従事している人たちが、浦和レッズを応援している。

彼ら彼女らの中で毎試合のようにスタジアムに通う者は少ないだろう。
むしろ試合の日のほとんどは仕事をしていて、数少ない行ける日に埼玉スタジアム2002に行く人が大部分ではないか?

そんな彼ら彼女らは、立派なレッズサポーターだ。

番組には埼スタの前の広場で真っ赤な服を着た知人たちと集う80歳代の老女が映っていた。

彼女ももちろん、レッズサポーターだ。

「レッズサポーター」と言われて大抵の人たちが真っ先に思い浮かべるのは、大旗を振りながら迫力ある声援を送るウルトラの姿だろう。

ウルトラはレッズを熱狂的に応援するエリアであるゴール裏北側に陣取っている。
一見さん非推奨の敷居の高いエリアでもある。

ウルトラの野太い声と辛口の応援のお陰で、レッズの選手がどんな状況でも闘えているのは事実だ。
ヴィジュアルサポートでゴール裏を彩るウルトラの姿は、埼スタの名物でもある。

ただ、ゴール裏だけが埼スタなのか?

ウルトラだけがレッズサポーターなのか?

指定席に座るキャピキャピした女子だって、割とユルいエリアであるゴール裏南側に座る老女たちだって、立派なレッズサポーターだ。

ユルいサポーターがゴール裏北に陣取って飛び跳ねもせずチャントを歌いもせずに地蔵になっていれば、周りから注意されても仕方ない。

そういう人たちのために、ゴール裏以外の席がある。
ゴール裏だけが埼スタじゃない。

今ゴール裏北にいる人も、最初はニワカだ。

「レッズって、どんなチームだろう?」と興味を持って埼スタにやって来たはずだ。
「どんなローカルルールがあるのか?」とおっかなビックリしながらゴール裏北に忍び込んだはずだ。

誰もが最初はニワカだ。
鰻屋の包丁人にもラーメン屋の料理人にもレストランの売り子にも、ニワカは山ほどいるだろう。

彼ら彼女らもまた、ウルトラとは異なる方法論でレッズを支えている。

こういう人たちをウルトラが否定するのは、自殺行為だ。
ウルトラしか埼スタに来なくなってしまったら、資金不足でレッズは簡単に資金ショートしてしまう。

今毎試合のようにスタジアムに通いつめて声を張り上げるウルトラの野郎にも、彼女ができて家庭を持つ時が来る。

彼女が運良くレッズサポーターであればいい。
子供が運良くサッカーに関心を持ってくれればいい。

連れ合いの女子供のサッカー熱が低ければ、連れ合いと共にゴール裏北に行く生活はもう叶わない。

だからと言って、これまで通り1人でも北に通う生活を続けるのか?

そんな事をしていれば、破局や家庭崩壊の原因になってしまう。

たとえサッカー熱が低くても応援スタイルがウルトラと異なっても、レッズが好きな人なら埼スタに受け入れる席がある。
こういうのがサッカーの街であり続けるために必要だ。

廃線間近の田舎の鉄道。
そこで働く人は、よそ者を受け付けない。

全てを自分たちだけで、鉄道会社の「ウルトラ」だけで処理しようとする。
そして補助金だけを自治体からもらおうとする。

愛想が尽きた自治体は、補助金の交付をやめる。
それでも自分たちと異なる解決法を持つよそ者を、「ウルトラ」は排除し続ける。
鉄道は、予想通り廃線する。

廃線になった線路の駅前の寂れっぷりは凄まじい。

こういうのが鉄道の街と言えるのか?

サッカーだって同じこと。
北にいないユルいサポーターやニワカを否定していれば、やがて埼スタはウルトラしか行けない場所になってしまう。

そんなのがサッカーの街と言えるのか?

文化が栄える街には、必ず多面性がある。

浦和がこれからも多面性のある街であり続けるように願う。

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