高校野球には問題点が多すぎる

子供の頃、俺は高校野球の大ファンだった。
夏休みや春休みの度に、テレビにかじりついて見ていた。

だが、ここ数年で高校野球には愛想が尽きてしまった。
今じゃ周りの人たちにどんなに見るように勧められても、見る気も起きない。

SNSを見るようになった。

今まで見えなかった高野連の汚い部分が、SNSを見れば分かるようになった。
「なぜ高校野球ではこんなエグい真似がまかり通るのか?」と疑問を山ほど持つようになった。

俺と同じように感じている人は多いだろう。

それも若い人に。

今日では高校野球に熱狂するのは、たいてい年配の人たちだ。

年配の人は疑問を持たない。
なぜならSNSを見ないから。

断っておくが、高校野球に出場した監督や選手を批判する意図はない。

優勝を果たした履正社の奮闘は素晴らしい。
たとえ優勝を果たしていなくても、選手の奮闘も素晴らしい。

それでもツッコまずにはいられない。

高校野球には問題点があまりにも多すぎる。
そのあまりにも多い問題点が、今まで放置されてきた。

選手同士が漢方薬を受け渡して飲む姿を、なぜメディアは美談として扱うのか?

肩を壊さない方が不自然なほどの超過密日程なのに、なぜそれについて声を上げる者がメディアにいないのか?

出場給などのない選手や監督に対し、なぜメディアはあまりにも大きな責任を求めるのか?

予選決勝でエースの連投を回避した結果、本大会出場を逃したことについて、なぜ監督がメディアのご意見番に批判されなければいけないのか?

特に最後の件については、黙っていることができない。

大船渡高校の投手である佐々木朗希の連投回避の件で張本勲が批判すべきなのは、監督の国保陽平ではない。

エースの出場を回避しなければ肩が壊れるほどの過密日程を放置してきた高野連の会長の八田英二じゃないのか?

若者の人生が台無しにになってしまっても、何とも思わないのか?

高校球児の肩は、消耗品なんかじゃない。

自分の未来を賭けた、大切な商売道具だ。

「監督への批判は当然」と主張する者たちの論拠の中には、こんなのもある。

「予選の早い段階での起用法を間違えた」

これはアマチュアの世界では些細な事にすぎない。
いずれどこかで連投を回避させなければならなかったのだから。

プロの世界なら「些細な事」でも批判の対象になるのは仕方ない。
アマチュアの大会で敗戦の将をA級戦犯として扱うのは間違っている。

アマチュアの大会なのにそうなっているのは、高校野球の扱いが「選手も監督もプロ以上であれ」だからだ。

それならば、高野連は自分達に入ってくる放映権料の一部(遠征費などだけではない)を出場校にも分配しなければ駄目だ。

高校野球では「負ければA級戦犯」的な厳しさを求められる。
というより、高野連やメディアが求めさせている。

それならまず彼等の出場給や勝利給が保証される状況じゃないと。

「タダ働きでも結果を出さなきゃ袋叩き」

これじゃどこのフロント企業なのか?

「勝っても何もなし。負ければ賊軍」では報われない。

そもそも高校野球はプロ野球と違い、エース級の投手を何人も揃えられない。

学校がプロ野球の球団の様に親会社からバックアップを受け、スポンサーから金を貰える訳ではない。

金が無いのに良い選手を補強するのは、無理がある。

そもそも学校の部活にそういう発想を組み込む事自体が、教育的にどうなのか?

高野連はそういう事を百も承知なはず。
投手の連投は選手としての自殺行為であることも。
大会で勝ち上がるには、エースに出続けてもらわなければいけないことも。

高校野球の本大会では、全ての試合を甲子園で行う。
この大会方式が、無茶苦茶な過密日程を招いている。

この方式では、どう逆立ちしても大会の上の方に行くエースの肩に甚大なダメージが行くようになっている。

そこまで承知で、それでも高野連は大会方式を変えようとしない。

それが一番金になるからだ。

金の為に、「現状を変えよう」という議論を拒否する。

野球界には高野連の重鎮や張本の様な、そういう残念すぎる老害が多過ぎる。

彼らが野球からファンを遠ざけてきた。

長年野球をやっていれば、新しい現象が次々と明らかになる。

タイヤを引きずりながらうさぎ跳びをするよりも、効率的で体を痛めないトレーニングがあるんじゃないか?

野球選手はランニングするけれど、そもそも全身持久力が野球に必要なのか?

投手なら脚の力を腕に伝えられる様にする事が重要ではないか?

投手には強い足腰が必要不可欠。それならランニングではなくジムでバーベルスクワットする方が良いんじゃないか?

疑問を持つ。
議論する。
改善する。

Jリーグでは基本的にこれで発展してきた。

改善されると、ラクしたいだけの老害は必要なくなる。
だから野球界では疑問を持つ若者を老害が威嚇する。

八田も70歳。
こんなのがのさばっていられる状況から、変えなければいけない。

Jリーグも野球界もSNSが普及する前から盛んだった。

SNSがはやっても、Jリーグそのものに愛想を尽かす人は非常に少ない。
野球界、特に高校野球ではどうなのか?

時代の変化に対応できなくなる様になる。
愛想を尽かした人が悪評を流す。
競技人口が減っていく。

大勢の選手が死ぬまで治らない重傷を負う。
それでもそれを変えようとしない高野連や、その状況を褒め称えるメディアだけが儲かる。

サッカー界がそんな風になってはいけない。

議論を阻む老害は、進歩の邪魔だ。

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