アジアカップでは優勝以外は何も残らない

アジアカップでここまで好調だった日本代表が、最後の最後で残念な試合をやってしまった。

これまでアジアカップでは、日本代表は何度も優勝してきた。
この大会はそういう大会だ。

だからいくらワールドカップが終わって監督も選手もガラッと変わったとはいえ、優勝がノルマだ。

森保も選手も、当然そういう意識で臨んでいたはずだ。

ただ決勝でカタールは、守備時に5バックを敷いてきた。

5人の最終ラインの隙間をすり抜けるのは、並大抵の事ではない。
だから守備の陣形が整う前に球を運ばなければならなかった。

街を歩いていても、通行人からアジアカップ決勝についての話し声が聞こえてきた。
テレビの画面からも日本代表サポーターの応援がしっかり聴こえてきた。

これらは準決勝までは中々なかった物だ。

裏を返すと、世間のサッカーへの印象はアジアカップ決勝のこの試合だ。
この試合の1-3という結果が、一般人の印象になる。

カタール代表は強かった。
多くの国と国交断絶状態になり、四面楚歌に近い状況でよく快進撃を続けたと思う。

ベトナム代表にも驚いた。
粗削りながらも走り続けて相手を混乱に陥れるサッカーからは、アジアの力を感じた。

そういう事柄が有っても、日本代表にとって何の慰めにもならない。

だからせめて、この敗戦を忘れるな。

もはや日本代表はアジア王者ではなくなってしまった。
イチから泥の中を這いつくばって頑張るしかない。

アジア王者になりたくてなりたくて仕方なくてたまらないチームばかりが、この大会にやってきている。
それどころか、本大会に参加できないチームもそうだろう。
例えば現役アスリートが監督の代わりに実質的な監督に据える様なカンボジア代表の様なチームの選手たちも、タイトルに飢えているに違いない。

日本には暗い話題が多すぎる。
奴隷労働やイジメの奨励、家庭内暴力の見殺しなど、陰鬱な話題ばかりだ。

だからせめてタイトルを獲って、暗いムードを吹き飛ばしてほしかった。
頑張って結果を残せば報われる世界が有ることを、日常生活で打ちひしがれている一般人に示してほしかった。

サッカーは極めて公平な競技だ。
結果を残した者が讃えられる世界だ。

その世界で結果を残せなかった。

またイチから出直すしかない。

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