紙新聞離れが進むとジャーナリズムは終わるのか?

ジャーナリスト磯山友幸の「新聞部数が一年で222万部減…ついに『本当の危機』がやってきた」の記事が波紋を呼んでいる。

2018年10月時点での紙の新聞の発行部数は39,901,576部だと言う。

前年同月比で5.3%減少。
ピークの1997年の4分の3の数字だ。

減少傾向が14年連続になっているだけではない。
減少率が過去最大だ。

しかもこれが深刻なのは、「売上部数」ではなく「発行部数」だという事だ。

代理店に押し紙したり、病院やレストラン、ホテルに新聞を置いてもらっていたりしている事を考えると、売上部数の減少率は5.3%どころでは済まないだろう。

で、今その紙の新聞が消滅の危機に直面していると言う。

コンビニの新聞置き場を見れば、理由が分かる。

スポーツ新聞の一面の見出しは、プロ野球のキャンプ関連の文字ばかりだ。

スポーツのニュースを追う人が一番見たいのは、試合の記事だ。
Bリーグやテニスなど、今現在試合をしている種目はたくさんある。
そういう種目を無視して、オフシーズンの種目ばかり目立つ所に上げている新聞社は、一般人から見放されて当然だ。

マスコミの責務は、視聴者を賢くする事だ。

日本のマスコミは大事な情報を伏せて、どうでも良い情報を大々的に報じて視聴者をミスリードさせている。
今の日本のマスコミを見ると、視聴者が馬鹿になる。

だから「マスゴミ」と言われているだけの話だ。

インターネットが普及する前なら、それでも良かった。
記者が出鱈目を書いても、その記事が出鱈目かどうかを判断する材料が無かったからだ。

今は海外の現地版の新聞記事もネットで読める。
出鱈目な記事を書けば、ツイッターで「あそこの記事は出鱈目だ」という言葉が世界中に拡散される。

例えば東京五輪の不正招致事件を報じる記事の中に関連団体との関連図が有った。
海外版には電通の項目もあるが、日本版には電通の項目だけが削除されている。

例えば大相撲の貴ノ岩が暴行事件に遭っていた事を日本相撲協会が隠蔽しようとしたとして、協会の対応を元親方の貴乃花が批判した。
メディアは連日の様に加害者側の協会の関係者がメディアで話す側に回り、被害者側の貴乃花を批判した。
ツイッターには協会やマスコミを批判するツイートが絶えなかった。

こんな状況で「権力の暴走をチェックしたり、不正を暴くことは、ジャーナリズムの重要な仕事だ」「日本では歴史的に、新聞がジャーナリズムを支えてきた」なんてよく言うぜ。

「新聞社に企業の広報ネタを売り込むPR会社の女性社員でも、新聞を1紙もとっていない人がほとんどだ」
「新聞をとらなくても、ニュースや情報を得るのにはまったく困らない」

こんな言葉も文中にある。

要するにマスコミは若者の信用を失ってしまったのだ

それでも新しいテクノロジーに興味を示さない老人達は、SNSなんか見ないで新聞とテレビのニュースだけで判断する。
そういう無知な、記事が本当かどうかを自分から知ろうとしない人達が紙の新聞社を支えている。

だが老人達は、時期が来れば寿命でこの世を去る。
テレビのニュースや新聞に幻滅した若者がこれからの世の中を担う。

広告企業だって、広告単価ばかり高くて読まれもしない紙の新聞に広告を出すよりも、単価が安くて人目に付きやすいWebニュースやブログ、ユーチューブにグーグルアドセンスで広告を出す方が良いに決まっている。

タダで情報を得るという事は、タダ働きしている人がいるという事だ。
そんなビジネスモデルではジャーナリズムは維持できない。

これに関しては正論だ。

裏を返せば、「コイツらの仕事ぶりには金を払う価値がない」と一般人が判断しているだけの事だ。

共同通信社から出される記事をただ待っているだけ。
事件が有っても、現場に行って取材に行く努力すらしない。

こんな仕事ぶりなら、一般人のブロガーでも務まる。

こんな仕事ぶりで垂れ流す記事に対して「タダではおかしい」という趣旨だとしたら、磯山の主張は間違っている。

ジャーナリスト志望の若手の生活が困窮し始めているならば、欧米の様に新聞社を大手メディア企業の傘下にしてもらったり、海外の新聞社にバイアウトしてもらったりすれば良いだけの話だ。

例えばBBCやCNNは報道専門チャンネル。
日本のテレビ局の様に報道番組もバラエティーもスポーツ中継もする「何でも屋」ではない。

海外の報道社は、とにかく記者に現場に行かせる。
現場で色々と話を聞いて、記事の種を掘り起こす。

そうしてスクープした記事は、Web媒体で無料で発信する。
ニュースの渦中の人物を有料チャンネルの討論番組に招待し、その番組で生計を立てる。

このビジネスモデルなら、メディアはやっていける。
事実、海外ではこのビジネスモデルで機能している。

この方法だと、日本の記者のように共同通信発の記事を待っているだけの記者の居場所は無くなる。
新聞社やテレビ局ではなく、記者の信用で金を払うかどうかを決めることになる。

紙新聞離れが進んでいるから、ジャーナリズムが終わる訳ではない。
真実を突き詰めようとしているとは思えない記者ばかりだから、ジャーナリズムが終わるのだ。

もちろん俺はオールドメディア発の紙の新聞は買わない。
民放のニュースも、基本見ない。

そんな物を見るぐらいなら、海外発のメディアの記事に目を通す。
そっちの方がよほど信用できるから。

一度壊れた信用を取り戻すのは、ゼロから信用を作り上げる事よりはるかに難しい。
その事実を棚に上げて「マスゴミなんてけしからん」なんて、事実誤認も甚だしい。

それを新聞の責務だと言うならば、そんな新聞なんて無くなっても困らない。
無くなっても共同通信発のニュースはNHKが採り上げるだろうから。

オールドメディア関係者の人達は、一度自分の人生を真剣に考え直すべきだ。

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