メイウェザーと那須川天心の試合で思う

大晦日に開催したメイウェザーと那須川天心の試合をYouTubeで観た。

「そもそも何故こんな試合を組んだのか?」

これが動画を観た後の率直な感想だ。

俺はメイウェザーも那須川もあまりよく知らない。
その俺から見ても、体格差が一方的だ。
体格差がストレートに結果に現れただけじゃないのか?

後から調べた情報だと、体格の大きいメイウェザーは10オンスのグローブを、那須川には8オンスのグローブを嵌めさせる事で体格差に対応したと言う。

グローブは軽い方が破壊力が増す。

重いと拳を振り回すのにエネルギーを消耗する。

ただ、それだけでは体格のハンディキャップを埋め切れないだろう。

言うまでもなく総合格闘技は非常に危険な競技だ。

引退してもパーキンソン病や網膜剥離、パンチドランカー等の深刻な後遺症で苦しむ人が後を絶たない。
リングで命を散らしてしまう不幸な例だって山ほどある。

そういう競技だというのを、RIZINは分かっているのか?

メイウェザーは、この試合のオファーを受ければ小銭稼ぎと日本旅行を同時に楽しめる。
那須川はこの試合で勝てば自分の名前を売れる。

だがここまで体格差の異なるこの2人を同じリングに上げるのは無茶だ。

「那須川がメッタ打ちにされて即引退。残りの人生を深刻な後遺症との闘いに捧げる」

こう考えるのが、試合を組む前の時点での常識的な予想じゃないか?

2人がいくら熱烈に希望していても、RIZINが止めないと。

この試合で「平等とは何か?」を考えさせられた。


日本人は規則や内部の人が認めてさえいれば平等と考える。
欧米人は道徳的に、社会的モラル的にフェアであれば平等と考える。

例えば一般の会社で同じ仕事をしていて、男性社員の給与が女性社員の給与より高いとする。

「社内規則で認めていてチャンスを与えているんだから、平等だ」と日本人は考える。
「性差別だ。道徳的にアウトだから不平等だ」と欧米人は考える。

「同一労働・同一賃金」

これがグローバルスタンダードだ。
日本でも働き方改革の一環で2020年4月からこういう法律が導入される。

「同一労働・同一賃金」とはもちろん仕事の話。
「労働」の部分を「同じステージでのプレー」に置き換えても良いし、「賃金」の部分を「報酬」に置き換えても良い。

例えば総合格闘技。

総合格闘技の世界では、K-1が体重に関係なく試合を組むブームを作ったと記憶している。

体格の大きい選手が小さい選手と闘う。

これは欧米式に考えると不公平だ。
体格差の激しい者同士を闘わせるのはフェアではないからだ。

天皇杯と皇后杯の賞金の格差が50倍という問題については?

これも不公平だ。
同じ興行団体が仕切る同じレベルの大会だからだ。

入場料収入や注目度の差があり過ぎるのは確かに課題だ。
これを「競争の結果だ」と言う人も居るだろう。

だが日本サッカー協会はそもそも皇后杯をポスターなどでまともに宣伝していない。
それは「出来レースの結果」でしかない。
収益の差を語る前に、やるべき事があるはずだ。

それではもし大病院で色んな診療科の医師の初任給が皆同じだとすれば?

俺は不平等だと考えている。

「同一労働・同一賃金」が平等の大原則だ。

皮膚科の医師と外科の手術医の労働の強度は違う。
キツい職種なのにユルい職種と給与が同じだから、平等とは言わない。
「同一でない労働・同一賃金」だからだ。

ついでに書くが、東京医科大学での不正入試事件が話題になった。
この事件が海外で批判を集めた。

「男子学生に下駄を履かせるのが当然だ」と多くの日本人が意見した。

「女医は労働のキツい外科医になりたがらないから」というのがほとんどの人達が挙げる理由だ。

俺は「下駄を履かせるのはアウト」だと考えている。

キツい職種の給与をユルい職種に合わせるから、下駄で調整しなければならなくなる。
ユルい職種の給与を下げて、キツい職種の給与を上げれば良い。
それこそが平等の考え方だ。

JリーグでJ1、J2、J3と闘う場を分けている事については?

俺は平等だと思っている。

サポーターの数。
スポンサーの規模。

クラブがバックに抱えるこれらの規模はピンからキリまである。

これらで圧倒的な差を持つクラブ同士が同じピッチで、リーグ戦で試合させるのは公平じゃない。

この圧倒的な差は一朝一夕には埋められないからだ。

もちろんプロリーグの存在意義を問う天皇杯のような舞台も必要だ。
そこでは小さなクラブがジャイアントキリングを狙って大きなクラブと闘う場が有っていい。

ただ、そんな舞台は1年に1回で良い。

普段のリーグ戦でプロビンチャがメガクラブと闘い続けて連戦連敗で消耗する姿を見るのが、楽しいか?

同じレベル同士のクラブで、普段の試合はやるべきだ。

パラリンピックには障碍の程度別に階級が分かれている。

これは平等だ。

走れないが歩ける程度の軽い障碍を持つ選手。
両方の手足が完全に麻痺している重い障碍の選手。

この2人が同じプールに入ってヨーイドンをすれば、前者が勝つに決まっている。
そういうのは公平ではない。

だから障碍別に厳格にクラス分けがなされている。

一般社会では、昇進に歴然とした男女差があるところが多い。
それでも多くの日本人は疑問を抱かず「公平だ」と考える。

何故そうなるか?

地方で暮らすと分かるが、男尊女卑が公然とまかり通っている閉鎖的な場所が多い。

そういう価値観に影響を受けた人たちが子供を教える。
小学校の先生の中にもそういう環境で育った人がいるだろう。

幼少時代にそういう環境で育った大人は、男尊女卑を男尊女卑だと思わなくなる。

日本人にはそういう人が多すぎる。

嘘だと思うなら、外国のニュースの動画を見ればいい。

女性のアナウンサーは、日本人アナウンサーの様にニュース以外のバラエティーに出演してまで自分を安売りしない。

日本では馬鹿なフリをしなければ、仕事を辞めなくちゃいけない。

これが日本での多くの女性の残念な現実だ。

だから女性のニュースキャスターはバラエティーに出なければいけない。
その時間を勉強に充てれば、ニュース番組もっと質の高い内容を喋れるのに。

今になって「セクハラ」「パワハラ」という言葉がクローズアップされてきた。

これは男尊女卑を男尊女卑だと分かった人が増えただけ。

教育の段階で騙されると、何がおかしいかが中々分からなくなる。

違和感を感じたら、原因を突き詰めよう。

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