17年間浦和で闘ってきた漢の花道

2003年に初のタイトルであるナビスコカップを掴んだ時も
そしてその後の数年間とここ最近の数年間でのタイトル獲得ラッシュの時も
平川はそこにいた。

2011年に危うくJ2に降格しかけて最終節で辛くもJ1残留を決めた時も
その後の数年間シルバーコレクター止まりでタイトルを掴めずに苦しんでいた時も
平川はそこにいた。

良い時も悪い時も、平川はそこにいた。

決して目立つ選手ではない。
だが彼は浦和での全てのタイトルに絡んでいる。

「浦和レッズというチームは、関わる全ての人達の大きな愛によって成り立ってる」

ありがとう、平川!

— 紅夢/【ACL参戦記2017】連載中 (@beniyume_) 2018年12月1日

17年間レッズで闘ってきた。
その平川忠亮は、今シーズン限りでの現役引退を表明した。

ツイッター浦和レッズ公式アカウントには、引退を惜しむ声が続々と寄せられている。

Jリーグ最終節、FC東京戦のベンチ入りメンバーに平川の名前が入っていた。
それを見て、俺は「もしかして」と思った。

その「もしかして」が起こった。

「デスゴール」の異名を持つ前田遼一にゴールを決められ、リードを1点差に詰められた。
そんな緊迫感漂う後半44分に、最後の交代選手として平川がピッチに登場した。

割れんばかりの拍手と共に、このタイミングで交代する柏木が涙を流しながらキャプテンマークを平川の腕に貼った。

スタンドからは「We are Reds!!!」の大コール。
通常このコールは大一番のキックオフ直前か大一番を制した時、あるいは試合中の非常に大事な局面でしか起こらない。

レッズの交代枠は使い切った。
脚を攣らせて倒れる選手が続出している。

そんな状況で、平川は落ち着いて試合をコントロールした。

そのままタイムアップの笛が鳴った。
3-2で見事に逃げ切り勝利に成功した。

その笛は、Jリーグでもう2度と平川がピッチに立つことがない事を告げる笛でもあった。

最大でも2試合残っている天皇杯が終われば、平川には指導者への辛い道のりが待っている。

今までの様には稼げなくなるだろう。
子供の選手のためにピエロにならなければならない場面も出てくるだろう。

それもまた人生だ。

一度人生を完結させて別の新たな人生を始める人は、今となっては珍しくない。
景気の悪くなった今、1つの会社で定年まで勤めあげられる人の方がむしろ貴重になった。

同じサッカーの仕事とはいえ、今までとは勝手が違う局面が続出するに違いない。

選手としては、漢の花道をきちんと飾った。
ただサッカー選手は、選手時代より選手を辞めてからの期間の方が長い。

平川のこれからの武運を願う。

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