安田誘拐事件についての言いたい放題

ジャーナリストと言われている日本人の安田純平が、シリアの武装組織から解放された。

さて、シリアとはどういう国なのか?

安田の事を書く前に、シリアの事を書かないとイメージが伝わらない。
日本では何故かほとんど報じられないシリアの現状についてまとめる。

現在、日本の外務省のウェブサイトではシリア全土に退避勧告が出ている。

シリアの中にいる人は、即刻国外に退去せよ。
これからシリアの中に入るなんて、目的を問わず論外。

外務省が採れる最も強く厳しい警告だ。

今、シリアは戦争状態である。

2011年から始まった内戦にISIL(「イスラム国」と言う者もいる)が関わり、2014年にISILが「独立宣言」してから事が非常にややこしくなった。

ISILは斬首した死体や文化施設の爆破の動画の公開などの残虐な手口で知られるテログループであり、ジャーナリストの後藤健二が犠牲になったことでも有名だ。
日本ではあまり知られていないが、ISILに誘拐されてレイプされ、兵士と強制的に結婚させられ性の奴隷にさせられた女性が山ほどいる。
奴らに誘拐された子供は兵士にされ、最前線に送られる。

この内戦で数十万人が殺された。
数百万人が国外に避難して難民になった。

暴虐の限りを尽くすISILを殲滅させるために、20ヶ国以上の国が軍隊を派遣して内戦に参加している。
それでもISILは無くなっていない。

現在4つの勢力が武力で対抗していて、断末魔の状況を呈している。

サッカーのシリアリーグは開催されているものの、このシリア内戦で活動停止に追い込まれたサッカークラブがいくつもある。

代表戦の国内開催なんてもちろん無理。
ワールドカップの予選などで本来ホームで行われるべき試合は、第三国で行われる。
アジアカップを見たというだけでISILに処刑された少年もいるという。

日本政府は取材目的での(というより目的を問わず)日本人のシリアへの渡航を禁じている。
安田の自己責任論はここから来ている。

この問題は安田本人についてとメディアについて分けて語るべきだ。

まず安田本人について。

非人道的な環境で3年以上も監禁されれば、神経がすり減って混乱するのは分かる。
体力面や健康面も相当やられているだろう(ネットにはそれについて「嘘ではないか?」という書き込みが多々あるが)。

それについては同情する。
生きて帰って良かったとも思う。
人前で話すことさえ大変な状況だとも思う。

ただ彼は、それ以前にやるべき事がある。

まず謝れ。

俺とかに対してではない。
自分の救助に動き、自分が拐われた事に心を痛めていた人たちにまず謝れ。
それが他の全てに優先する。

謝る対象がはっきりと分かっていなくても構わない(本来ならジャーナリストであればそういう事を誰よりも具体的に把握していて当然なのだが)。
体調が体調なので、謝罪の言葉は必要最小限で構わない。

まず謝れ。
休むとかいう話はそれからだ。

謝って初めて心の底から「お気の毒」という気持ちにもなる。
そういう事もしないで救出に動いた人たちを批判するから、本来関係のない立場の俺もイラッとしてしまう。

例えば兄弟が急に死んだら、回りの人は誰もが気の毒に思う。

悲しすぎるからといって葬儀を何年も開かなければどうなるか?

「失礼な奴だ」と回りの人は思うだろう。
だからどんなに悲しくても葬儀を開き、涙を堪えて挨拶するのだ。
それがその故人を今まで支えてきた人たちに対する礼儀だ。
それと同じことだ。

危険を冒す者がいないと、危険地帯の情報は手に入らない。
だから紛争地帯に潜入するジャーナリストの行為を批判してはいけないという。

この理屈は分かる。

ただし危険地帯での生き方を熟知している者が危険を冒す資格がある。

安田は何度も誘拐されている。
今回の誘拐では、機密情報の塊であるカメラを奪われている。

誘拐された者に「カメラがどう」とかを語る資格はない。

自分が一切コントロールできない状況下に置かれる。
それが誘拐されるという事だ。

一度失敗したら、同じ失敗を繰り返さないように再発防止策を考えて実行しなければならない。

失敗から学ぶ能力のない安田は、ジャーナリストには向いていない。

同じ失敗を繰り返す奴は馬鹿だ。
馬鹿にジャーナリストは務まらない。
それだと命がいくつ有っても足りない。

危険地帯に出向くジャーナリストは必要だ。
ただしそれが安田である必要などない。

ジャーナリストの場合、現地の映像という結果を持ち帰ってこそ英雄だ。

安田は何の結果も得ていない。
ただ捕まって、救出に動いた人たちに自分の尻拭いをしてもらっただけ。

こういう者を英雄とは言わない。

似たような言い回しをするJリーガーがいる。

浦和レッズの李忠成はよく「自分がヒーローになる」という表現を使う。
彼は自分のゴールで決勝点を挙げてチームを勝利に導く行為をする選手を「ヒーロー」と呼ぶ。

万が一忠成が試合開始早々ファウルでレッドカードを貰って一発退場し、その時のプレーが原因でPKを決められて試合で負けてしまったとする。

忠成は自分の事を「ヒーロー」とは口が裂けても言わないに違いない。
まず自分の尻拭いをして10人で残り時間を闘ったチームメイトに謝るだろう。

そこで「残り10人の闘い方が気に入らなかった」と記者会見で話せばどうなるか?

レッズサポーターはもちろん、サッカーファンでない一般の人も「アイツ何様だ!」となる。
2度と自分を応援してもらえなくなってしまう。

安田が犯したのは、そういう事だ。

日本にいても得られる情報を仕入れようともせず、失敗から学ぼうともせず、礼儀もわきまえない者にジャーナリストの資格はない。

さて、メディアについても触れる。

安田を英雄扱いして国を挙げて賞賛するメディアが有った。

これは退場でA級戦犯となった選手を「英雄」扱いするのと同じことだ。

サッカーの試合ではメディアが点数を付ける場合がある。
10点満点で普通のプレーが6点というアレだ。

普通のメディアは、決勝点を挙げてヒーローになった選手を7点とか7.5点とかいう評価にする。
退場処分を受け敗戦のA級戦犯になった選手は5点とか4.5点とかいう評価になる。

安田を英雄扱いするメディアは、何の結果も得られず捕まっただけの彼を8.5点と採点し、次の試合から彼を試合に出すのを控えようとする監督を3点と採点するようなものだ。

彼が日本政府の制止を振り切って行った先は、紛争地帯だ。

ご存知の通り、日本は第二次世界大戦以降、永久戦争放棄の宣言をした。
たとえ自衛目的であっても、戦争に参戦する事は非常にデリケートな議論になりタブーにもなる国でもある。

日本人を退避勧告としているのは、現状では武力行使しないと誘拐されても救出するのは無理だからだ。

自衛隊をシリアに派遣するのは、今の日本にはハードルが高すぎる。

そういう挨拶代わりにミサイルが飛び交う泥沼の紛争地帯で今回のように自国民が捕虜になってしまったら、その解放の交渉のために国が関与せざるを得ない。
捕虜になった者の責任だけでは収まらなくなり、国にも迷惑をかけてしまう。

今回の救出劇の場合、おそらく日本政府は実際に軍隊を派遣している他国に働きかける「後方支援」をする側に回り、カタールやトルコの政府が実際に救出のために人員を派遣したのだと思う。

他国に軍隊を派遣するのに制限のある日本は、こういう場合に直接人員を派遣するのが非常に難しい。
どうしても軍隊を派遣している国に頼らなければならなくなる。

今度同じことが有れば「誘拐事件は自前の軍隊を派遣して解決しろ」と他国から言われるに違いない。

つまりその時は、自衛隊が戦地に向かうことになる。
国民を戦争に参加させる事になる。

そうなる行為を、メディアは「英雄」と褒め称えた。
そういう記事に対して、当然メディアも責任を負う。

メディアは戦争を勧めることができる。
これは第二次世界大戦で実証済みだ。

1人の愚かな者のために国民が戦地に行かなくても済むように切に願う。



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