不真面目なのは悪いことじゃない

プロ野球の解説で有名な野村克也の言葉だろうか。

真面目な優等生
真面目な劣等生
不真面目な優等生
不真面目な劣等生

人にはこの4種類がいるという。

監督として一番向いているのは、どのタイプか?
一番監督をやってはいけないのは、どのタイプか?

真面目か不真面目かは、性格の問題だ。
だからそう簡単に変えられるものではない。

優等生か劣等生かは、仕事への相性の問題だ。
職種次第で劣等生は優等生になれるし、その逆も然り。

普通は「真面目な優等生」だと思うだろう。

ただし俺は「不真面目な優等生」が監督業に一番向いていると考える。
逆に一番向いていないのが「真面目な劣等生」のタイプだ。

真面目な人は、選手時代に1つのことを一生懸命努力する。
その1つのことへの努力が開花した場合、「真面目な優等生」として選手生活を謳歌できる。

このタイプの選手は、大怪我さえなければ大きなスランプとも無縁でいられる。
回りの選手からは「模範になる選手」とも言われるだろう。

そういう選手が現役引退すればどうなるか?

現役時代の模範生ぶりを知っているクラブのフロントは、その選手をコーチに推薦する。

コーチ業は選手業とは違うので、肌に合うかは分からない。
ただしチーム事情が戦績絶不調で降格の危機にあり、監督を解任して新監督を緊急登板させる必要性に迫られた場合、コーチ業や監督業の向き不向きを判断する間もなく監督にさせられる。

この場合、真面目な性格が仇となるケースが多々ある。

監督の仕事を始めたら、刻々と変わっていく試合の状況を的確に判断して、適切な手を迅速に打てなければ手遅れになる。

この時の監督の判断材料は何か?

現役時代に悩まずに1つのことを続けていた選手は、問題を問題と認識する機会が少なかった。
下手すれば問題を根性で解決しちゃう場合もある。
答えを出すために悩むことも、色んな答えを試すこともない。

その結果、選択肢が少なくなる。
プランAで行き詰まってもプランBやプランCを知らず、実は的確なプランDを出せずに時間だけが過ぎていく。

この典型例が、柏レイソルの監督の加藤望だ。

現役時代はあらゆる問題を根性で解決してきたのだろう。
監督として手を打たなければいけない局面でも、根性論以外の手を知らない。
試合後の質疑応答での質問に根性論でしか答えない絶望的な姿から、いつしか「加藤絶望」というニックネームが付いた。

現役時代は模範生だった彼は、選手としては「真面目な優等生」だった。
その真面目な性格であるがために、監督としては「真面目な劣等生」となる。
名選手、必ずしも名監督にあらず。

残念ながら、彼は典型例な絶望上司だ。

このタイプは日本のサラリーマンに多い。
特に奴隷労働が日常茶飯事の企業でよく見られる。

ビジネスモデルが破綻しているから、社員が奴隷労働しなければならなくなる。
上司の役目は問題に対して現状を変える適切な解答を示すこと。
だが平社員時代に真面目に徹して悩まずに1つのことだけ繰り返してきた者は、上司となっても他の選択肢を知らず、根性論で押し通すしかなくなる。

こうして絶望上司が絶望的な状況を作り出す。

さて、不真面目な選手はどういう行動を採るか?

不真面目な者は、うまくいかない練習メニューをずっと続けることはできない。
練習などで1つのことで行き詰まったら、その方法で行くのをやめる。
他のメニューを試し、それが駄目ならさらに他のメニューを試す。

その結果、いろんな方法を知ることになる。

そうやって積み重ねた選択肢の豊富な知識が、監督業で活きてくる。
試合展開の変化にすぐに対応できるのだ。

こういう「不真面目な優等生」は、絶望上司になることはない。
最も結果を出せる人間だと思う。

1つのやり方で上手くいかないとき、真面目になる必要はない。

不真面目でいいじゃないか。



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